プロサッカー選手になれなかった、トップセールスマン

プロサッカー選手になれなかった、サラリーマン

柏レイソルu12セレクション

今回は、私がjリーグの下部組織(ジュニアユース)に、入団するまでの道のりを綴りたいと思います。このセクションでは、小学生時の初の挫折についてです。お子さんがプロを目指している方などは参考にしていただければと思います。

私は、特別身長(146センチ、体重40キロのガリガリ)も才能あった小学生ではなく、どこにでもいる選手だったので、少しは参考になると思うので読んで頂ければと思います。

 

当時は、街クラブの普通の少年団に所属していました。チーム規模は県の大会で2回戦敗退するような弱小クラブでした。(チームでは一応キャプテン)

 

そんな私は、幼いながらにプロサッカー選手になりたく、jリーグアカデミーに入ることを目標に日々練習していました。小学4年生の時、親の勧めで柏レイソルu12のセレクションがあるから、受けてみないか?と言われたので全くわからないままに、千葉の日立練習場で500人規模のセレクションを受けたことを覚えています。そのセレクションでは、1次、2次セレクションが1日で行われました。内容としては、ひたすらパスとコントロール、小さいコートでのミニゲームでした。(あまりボールに触らなかった笑)なぜか通過し、3次セレクションでは、後日行われ人数は80人ほどになっていました。3次セレクションでは、普通の試合を行って、とにかく止めて蹴るがうまい選手が多いのを記憶しています。みんな、受かりたいから必死にドリブルや自己中心なプレーが目立っていたような気がします。私は、アンパイにボールをさばいていたそうです。セレクションの独特の雰囲気はたまらないほど痺れますよね。全員がライバルで生き残りをかけたサバイバルな感じが私は好きです。

そんなこんなで私はこのセレクションにも通過し、4次セレクションでは4人になっていました。4次セレクションでは、柏レイソルu12に混ざって練習参加し、どのくらい同じレベルでできるのかを見られていました。

この年の柏レイソルのメンバーはそうそうたるメンバーで、現在プロサッカー選手として活躍している選手がたくさんいました。このセレクションでは、現ヴィファーレン長崎ゲームキャプテンの秋野選手と、千葉県のエース、私、神奈川の天才が残っていました。私は、彼らに勝つことはできずに柏レイソルu12には合格することができませんでした。そんな中合格したのは、秋野選手だけでした。彼は、すごい真面目で小学生ながら自立している素晴らしい選手でした。今となっては、夢のような話ですが、もしあの時私が合格してたらどうなってたのかな?なんて考える時もありますが。。。笑

 

 

このセレクションを通じて私が感じたことは、3つあります。

①止めて蹴るの基礎技術の高さ

②はじめての環境でもブレないメンタル

③自分の長所を理解しているか

 

この3点でした。特に感じたのは、うまい選手は止めて蹴るの基礎が完璧ということです。どんな派手はプレーよりも確実性を求めるのがプロのコーチの目線です。小学生でも、自分の長所(ストロングポイント)を把握していることで、どんな状況になっても自分の1番得意なプレーに持っていけます。

 

この時上には上がいるなと気づき、さらに努力したことが1番大きな収穫でした。

この日を境にjリーグアカデミーに入りたいと強く思いました。

小学生ながらに、すごく悔しかったのを覚えています。私のサッカー人生挫折だらけですが、1つ目の挫折と言えます。

次のセクションでは、ジュニアユースのセレクションについて書ければと思います。

 

どんな質問でも構わないので、何か質問がありましたらぜひコメントください。

最後まで読んでいただきありがとうございます🙇‍♂️🙇‍♂️次回に続く。。